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下地 康太 Killerpass. DiSGUSTEENS. Suspended Girls. Worthwhile Way ) 

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下地さんに初めて会ったのは1996年、自分のバンドSTUPID PLOTSがスプロケの企画LIVE CLEAN STAY YOUNG Vol.10に出させてもらった時で、下地さんの前のバンドLIFEBALLが解散しDISGUSTEENSがスタートしたばかりの頃だった。その時の強烈なインパクトは今でもはっきり覚えている。ライブ後に「俺たちは損得勘定でやってないからどんな条件でも福井に行くよ」って言ってくれたことが印象深く心に残っている。次に再会できたのは19年後。一度対バンしただけの関係にも関わらず不思議なことにずっとつながっていた仲間のような感覚だった。お互いの存在を知りながら一緒にやる機会に恵まれなかった同じ時代を駆け抜けてきたバンドや人と、長い時を経て関わることが出来た時に同様の感覚になることがある。19年ぶりの再会の時に下地さんが「あの時代を一緒に戦ってきたバンドは戦友みたいなものだからね」って言ってくれたことでその感覚の謎が解けたような気がした。

バンド活動や音楽の話をするときの少年のような下地さんをみていると「好き」という気持ちを持ち続けることが最大の原動力になるのだとつくづく感じさせられる。いつ訪れるかもわからない「終わり」というゴールに向かって受け入れざるを得ない自分の年齢や環境の変化を受け入れながらも、自身のペース配分を自分なりに整えながらストイックに一歩ずつ着実に前に進む姿に勇気をもらっている。

今回はいつもさらっとカッコいい言葉を掛けてくれる同じ歳の下地さんに当時のことなどいろいろなことを話してもらった。

( TEXT : Shogo Yamaguchi (ROADSIDE RECORDS . STUPID PLOTS )  2024)

Q : Shogo Yamaguchi ( ROADSIDE RECORDS / STUPID PLOTS )

A : KOTA SHIMOJI ( Killerpass. DiSGUSTEENS. Suspended Girls. Worthwhile Way ) 

(Interview date:  Nov.  2023 / Jan. 2024 )

Q1. 自己紹介と今やっている音楽活動(バンド・ソロ、、、など)について教えて下さい。

 

下地康太、1970年名古屋生まれで山口君(STUPID PLOTS)と同い年のベーシストです。

大学入学の為に上京しそのまま東京でバンド活動を続けていましたが、2013年に帰郷以降は名古屋を拠点に活動しています。

現在活発に活動しているのはKillerpassでDiSGUSTEENS, Suspended Girls, Worthwhile Wayは待機中って感じです。

Q2. 長かったコロナの状況もようやく落ち着いてきましたがコロナ禍の間はバンド活動やプライベートどのように過ごしてきましたか?落ち着きが見えてきてからの活動はどんな感じですか?

 

コロナ禍突入の2020年3月にベストが狙えた静岡マラソンが中止、6月のWorthwhile Wayのレコ発も中止になってお先真っ暗な気分になったのを覚えています。

また自分は自営業なんですが、コロナ禍で会社の売上が半減してこのままではバンドどころじゃない、ってところまで追い込まれました。

ただスタジオもライブも無いので自宅でベースを弾く時間は増え、それを見ていた現在小6の息子がベースに興味を持つ様になりました。息子も自分と同じG&Lのベースを購入して2人でベース談義で盛り上がったりしています。

良かったのはコロナ前よりもベースに向き合う時間が増えた事位ですね。

会社もある程度は盛り返しましたが、もうコロナ前の水準には戻らない感じです。頭を切り替えてやっていかなきゃですね。

でKillerpassは2022年の初頭にスタジオを再開して以来は7”EPとアルバムを出して活発に活動しております。

Q3. これまでたくさんのバンドをやってきていますね。バンド遍歴(過去~現在)を教えて下さい。

 

オリジナル曲を初めて作ったのは1991年に結成したMumbo Jumboってバンドです。

昔は恥ずかしくて隠していたのですが、この歳になったら別にいいですわ。

それがいくつかのオムニバスに参加するも解散後、後期Mumbo JumboのVoだった大学の一学年後輩の平野が同級生の柳生とバンドを組むって言うのに誘われたのがLife Ballですね。

その後DiSGUSTEENS, Superfly, Last Target, Muscle Beach Party, Suspended Girls, Killerpass, Worthwhile Way等でプレーしてきました。

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*Mumbo Jumboが参加したアメリカのV.A Tapeです。Good RiddanceやFlatusなんかも参加していて中々なメンツです。(K.Shimoji)

Q4. LIFEBALLのことについておしえてください(結成、音楽性、活動のことなど)

 

Life Ballは1993年頃に、前述の通り平野と柳生に合流しその後、後輩のゴローを誘って結成されました。

前述のMumbo Jumboのドラムの後閑がSlime Fisherで叩いていた事もあり、Snuffy Smile界隈のライブに通う様になり、そこでDemoを配り出してから一気に世界が広がりましたね。

最初に声をかけてくれたのはご多分に漏れずスプロケです。彼らには本当に感謝しています。

あとBlewも初期から誘ってくれて、それが後のDiSGUSTEENSの人脈に繋がっていますね。

バンド的にはやっぱりOperation Ivyの影響が多大でしたが、Gの平野のセンスと全く音楽に興味の無いVoのゴローのキャラが凄かった事で科学反応が起きていたと思います。

方向性の違いであっという間に解散しましたが良い思い出です。

再結成に関して度々聞かれますが、ゴローは現在もガチで消息不明なので再結成は有り得ません。あしからず。

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Q5. DISGUSTEENSのことについておしえてください(結成、音楽性、活動のことなど)

 

結成は1996年の初めだったと思います。

Life Ball解散が決まってからすぐにドラムの柳生と次はPop Punk Bandを組もうと話し合い、同時期に解散していたGrocky's Revengeのキヨシ君しかいないって感じで声をかけました。

Screeching WeaselやQueersを始め世界中のPop Punk Bandに影響を受けていましたね。

で3人で数回スタジオに入った後にキヨシ君と同じ大学だった元BlewのG1が加入しました。

2ndが出た後にG1が脱退し、すぐにSpandecksのGのマッちゃんが加入。

QueersとのSplit CD等リリースした後にマッちゃんが脱退後は結成当初の3人でやってます。

ここ数年ライブが出来ていませんが必ずまた現場に戻りたいです。

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Q6. DISGUTEENSアメリカツアーのことをおしえてください(きっかけやエピソードなど)

 

ツアーの経緯はスエ(末廣氏:SPROCKER WHEEL)のインタビュー参照*って事で、個人的な思い出を。

とにかく暇さえあればレコード屋に行ってました。アメーバレコードでは数十枚の7inchを買ったし、シアトルでは新入荷コーナーとSのコーナー(Screeching Weasel狙い)のどちらを取るかで柳生(DISGUSTEENS ドラム)とバトルになり、結果柳生が当時日本では入手不可能だったScreechingのGay, Sassy…を発見して自分の惨敗...。

SFではハードコアクルー同士の乱闘に遭遇して生きた心地がしませんでした。逃げ遅れた柳生はトイレに隠れていて事なきを得ました(笑)。

ポートランドでは大好きなAutomaticsと対バン時にツアーTシャツとレコードをトレードしたのですが、後に出た7inchでメンバーがそのTシャツを着ていてアガりましたね!

スクアットでもライブをしました。ボロボロのあんちゃんが7inchを買ってくれたので、割高でごめんねって言ったら「ツアーは金がかかるのは知っているから助け合いだよ」って言ってくれたのには感動しました。

ノンアルビール1ダースを横に置きながら全て運転してくれたSteve(Stink来日時のドラム、ex Gits)は本当にナイスガイでした。

自分が助手席に座る事が多かったので距離も縮まり、帰国後にThank You, Steve (DiSGUSTEENSの2ndに収録)を書きました。またいつか会えたらなあ。

Q7. 90年代当時のシーンのことなどどんな風に感じていましたか?

 

自分達がいたシーンは、まず90年初頭に始まったNeo Hardcore Taleって企画の影響が強いかと。そこにはNukey Pikes, Beyonds, Slam Pirates, God's Guts等の激しさとメロディーを兼ね備えたバンドが多数出ており自分も通いまくっていました。

自分がOperation Ivyを知ったのもNukey PikesのギターのユウさんがTシャツを着ていたからですよ。

Bad ReligionやSnuffなんかはハードコア界隈でもある程度浸透していた気がします。

そんな感じで土壌が出来たところへのSnuffy Smileの登場で需要と供給がようやく揃った感があります。

名作オムニバス、Not Superstitiousシリーズに参加出来た事は嬉しかったし、Life Ball解散の為、決定していたLess Than JakeとのSplitが出せなかったのは悔やまれます。

で、Life Ball解散間際の盛り上がり等シーンが日増しに大きくなって行くのは肌で感じていましたが、ハイスタの大ブレークは全く違う次元でしたね。流行れば変なのも湧いてくるし、それにつれシーンが細分化していった感はありますね。

ざっくり言うと多数派のメロコア(と呼ばれがち)勢、対するSnuffy Smileの流れのUKメロディック勢、更にアンダーグラウンドなPop Punk勢って感じでしょうか。

別に喧嘩分かれではありませんが、当時は何せバンドの数も多いので同系統のバンドだけで十分にイベントは成り立ちましたからね。自然の成り行きだった気がします。

DiSGUSTEENSは自主レーベルでやっていましたが、割と多方面に顔を出していた方だと思います。個が確立していれば揺らぐ事も無いと思っていましたから。

まあ今となっては、流行りに乗っかっただけの人は消えているし、生き残った者は皆、最早戦友って感じです。

Q8. Killerpassのことについて教えて下さい(加入のきっかけ、年齢差、活動、、、)

 

2017年に林に誘われて加入しました。

元々音源はチェックしていたのですが、加入したのは自分の理想の音楽をプレーする為と言うよりは、林の訳の分からないパワーに惹かれたってのが大きいですね。

個人的にはここ変だろみたいな箇所もありますが、Killerpassでの自分の役目は林の脳内に有る何かをより良い形で再現する手助けだと思っているので、郷に入れば郷に従えと何とか擦り合わせています。

林の尽きない衝動、ドラムのカズキの桁外れの行動力やギターのワタル君(のお父さんと自分は同い年です...)の努力等、同年代の連中とは勢いが違うので刺激を受けますよ。

他のメンバーがどう思っているかは分かりませんが、メンバー間は割と役割分担が出来て噛み合っているのでは。

ランニングのお陰で体力的には問題ありませんが、歳のせいか夜が早いのでスタジオで自分だけ異常に眠そうな時や、毛量の違い等で年齢差をヒシヒシと感じます(悲)。

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*2023 release 2nd album

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*Live at Toyokawa GROOVESTOCK 2023

Q9. 現在のことをおしえてください。(SUSPENDED GIRLS結成、Worthwhile wayの加入、今の年齢になって感じることなど)

 

Suspended Girlsの結成は2010年前後でしょうか。

当時は自分もオオちゃん(DudoosのNaokidzですよ)も東京在住でしたが、お互いの環境も変わって現在は自分が広島に通ってスタジオ練習やレコーディングをしています。

元々オオちゃんとはバンドに対する姿勢も相通じる物があったので、Kamambelsに触発されて自分がMuscle Beach Partyを結成した際にはオオちゃんにドラムを叩いてもらいました。なので気心も知れていたし、自分が今までやってきたバンドの中でも一番ストレス無くやれているバンドです。

ナッさん(那須氏:SO-CHO PISTONS)のドラムは気持ち良いし、メンバー間の90s Pop Punk感ががっつり共有されているので、曲作りが本当にスムーズで、やっていて単純に楽しいです。

アルバム録音の前夜に初めて音合わせをしたり自分が作った曲の歌詞を考えたりでも何ら問題無しでした。メンバーのルックス以外は死角なし!

 Worthwhile Wayには2019年に加入しました。

意外に思われがちですが、実は昔から好きなバンドです。加入してみてもやはりメンバーが凛としていて一緒にいると背筋が伸びます。

今はメンバーが徳島、広島、名古屋とバラバラなので各地で練習しつつTiltwheelとのSplit用に3曲録音したのですが、コロナ禍でTiltwheelの動きが止まってしまい未だに未発売です。

こちらもマイペースでやって行けたら、と思います。

DiSGUSTEENS以降に誘われて加入したバンドでは、もうバンド中心の生活は出来ないけどそれでもOKなら、って条件で加入しています。

Killerpassなんかはもっとツアーもやりたいだろうし心苦しい部分もありますが、とある尊敬するバンドの方と話した際に「一番大事なのは家庭」と言う言葉を頂いて吹っ切れました。

独身時代には、家庭に左右されてバンドが出来ないなんてまっぴらごめん、と思っていたのでそういう気持ちも理解出来ます。

が、子供が成長するにつれ、この子を育て上げる事が一番大事、と自然に思う様になりました。

今では息子と一緒に楽器屋に行ったり、ベースのフレーズを教わったりしています。

バンド活動をセーブしても、家族との時間を大事にしてきて良かったと思います。

*Suspended Girls近影。やはり華無し。(K.Shimoji)

Q10. マラソンを始めたきっかけやエピソードなど教えて下さい。また下地さんにとってのマラソンとは。

 

走り始めたのは、帰郷以降体力が落ちた感覚があったからです。

東京では職人で身体を動かしていたのが一転、デスクワークが増えてストレスが増えたのもあり、気分転換にジムで走り始めました。そこでラン友が増えて、一緒に練習して駅伝やフルマラソンに参加する様になってから一気にハマりました。

バンド界隈と違ってランナーは圧倒的に明るい人が多いので新鮮な世界でしたよ。精神衛生上大変よろしいかと思われます。

ただ、現在自分はフルマラソンは3時間を切り、月間300~400キロは走る所謂ガチランナーなのですが、これ以上のレベルになると走る時間を確保する為に転職したり家庭が崩壊したりと、バンド界隈と変わらない変人もいます(笑)

Q11. バンドを始めた頃、夢や目標はありましたか?また現在の夢や目標はありますか?(バンド、音楽活動、またプライベートでも)

 

高校の合格祝いに爺ちゃんにギターを買ってもらったんですけど、その時点から根拠もなくバンドは当たり前にやるものって感じでした。

まあオリジナル云々以前にチューナーすら持っておらず、高2の学園祭での初ライブ前に、ヨレヨレのチューニングを見かねたのか、Loudnessのコピーをやっていた学校一のギタリストの後藤先輩がチューニングを直してくれたのを覚えています。

既にオリジナルをやっていた山口君(STUPID PLOTS)とはエラい違いですわ。

でもライブに向けてメンバーとワイワイやるのが楽しかったのはよく覚えていますし、バンド活動を続けるにつれその都度楽しい事が起こるんで気付いたらこんなに時間が経っていたって感覚です。

楽しい限り続けるし、つまらなくなれば止めるだけですね。

大志を抱いてとかでは全くないです。バンドとしては、サスペンやKillerpassでもちょくちょく曲を書いていますが、いつかまたDiSGUSTEENSで新作を出せたらなあと思います。

あと昔から言っていますが、いつか時間が出来たら90年代のUS Pop Punk本を出したいです。

その為に未だにその辺の音源は掘り続けています。また、音楽とは関係ありませんが、マラソンでは歳を重ねてもできる限りサブ3に挑み続けるつもりです。

でもまずは一番大事なのは息子を無事に成人させる事ですね。

*‘90s Pop Punk音源収集の手は緩めていませんよ。(K.Shimoji)

Q12. 人生においての重要な5曲(またはバンド、音源単位でも)を教えて下さい。その曲についての思い出やエピソードも教えて下さい。

 

Malignus Youth

90年代前半にオムニバスで耳にして即ファンになり手紙を出した(もちろん当時インターネットなんてありませんよ)のですが、真摯な返事が返ってきて感動しました。唯一無二の音楽性で今ではかなり伝説化していますね。

 

Nukey Pikes

浪人時代にオムニバスで知って虜になり、上京してからは通いまくっていました。ライブビデオにも若き日の自分の姿が映り込んでいます。

 

Operation Ivy

前述の通りNukey PikesのギターのユウさんがTシャツを着ていたので気になって購入。人生を変えられる程の衝撃を受けました。

 

Queers

1995年の初来日時にLife Ballで初めて対バンした際は、気難しいイメージのあったJoe Queerが雲の上の人過ぎてまともに話も出来なかったのですが、来日毎に親交を深めて遂にはSplit CDを出す事が出来ました。

実はJoe、かなりの親日家です。

Sprocket Wheel

自分がバンドをやっていく上で一番の恩人で、音もメンバーの人柄も大好きです。

復活後、活動も活性化しているみたいでまだまだ長い付き合いになるかなと。

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Q13. これまでに観たライブで特に印象深いライブを3つ挙げて下さい。思い出やエピソードも教えて下さい。

 

【1992年5月22日 Nukey Pikes @渋谷クアトロ】

ずっと追っかけていたバンドの大一番。後のLife Ballのメンバー達と見に行きましたが、ただただ格好良かった記憶が。

【2002年9月6日 Mopes (?) @高円寺20000V】

Joe Queerが体調不良で帰国の為、急遽Dan Vapidがフロントに立って彼が在籍した数々のバンドの名曲をプレーした奇跡の一夜。セットリストを見て震えて下さい!

【2009年10月11日 Queers, Parasites, Wimpy's, Water Closet @高円寺HIGH】

ツアー前にJoe Queerから「Black Flagのカバーでお前が歌え」と言われ、お客さん目線でこれはアカンだろと思いつつも御大の司令とあらば死ぬ気で準備しました。

が、当日にあっさりとやっぱり止めた、と言われてさすが殿!と惚れ直しましたw

あと、Dave Parasiteに面白い話を聞けたのも思い出深いです。

*これがMopes(?)のセットリストです。ベースのDangerous Daveからもらいました。(K.Shimoji)

Q14. これまでやってきた自身のライブで印象深いライブをいくつか教えて下さい。思い出やエピソードも教えて下さい。

 

【1996年1月3~7日 Life Ball ツアー w/Sprocket Wheel】

初めての本格的なツアーでしたが、楽しかったと言う記憶しかありません。スプロケが全て仕切ってくれて自分達は何もしていないのですが、とにかくこの時の楽しさがその後の活動に繋がっています。重ね重ねスプロケには感謝。

【1997年9月22~27日DiSGUSTEENS ツアー w/Scared Of Chaka, Husking Bee】

かつて手紙を出した程大好きなバンドがまさかの来日。初日のライブの衝撃は未だに目に焼き付いています。ツアーに帯同出来たのは一生の宝です。今年10月にはツアーに同行していたレーベルオーナーのSticker Guy Peteと27年ぶりに再開! 昔の友は今も友です。

 

【2019年4月20日Killerpass w/原爆オナニーズ, Gauze @池下Upset】

この歳になってライブでこんなに舞い上がるとは思いませんでした。この日に得た糧は一生物です。

*スプロケとのツアーTです。(K.Shimoji)

Scared Of Chaka & Tour Crew & DiSGUSTEENS

ちなみに自分の左がSticker Guy Pete です。

(K.Shimoji)

*27年ぶりにSticker Guy Peteと!(K.Shimoji)

Q15. 最後に読んでくれた皆さんにメッセージをよろしくお願いします。告知もありましたら!

 

まずは自分にこんな機会を与えてくれた山口君に感謝です。

山口君とは90年代は特別親しくもなかったのですが、何故か数年前に福井の家に遊びに行って距離が縮まったんですよね。

で、リビングで話している時に傍らでギターを弾いていたさくらを「やるなあ」と思って見ていたのが今やすっかり立派になって、もうこの歳になると友達の子の事も我が子の事の様に嬉しいもんです。

長く続ける事が偉いってのは絶対に違いますが、やっぱり長く続ける事でしか見えない景色は有ると思います。

これからもお互いに刺激し合って行きましょう!

 自分はSNSとか一切やっていないし、今後も恐らくやる事は無いので安否確認は所属バンドのライブにてお願いいたします。

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*w/Shogo(STUPID PLOTS)山口家リビングにて。 2015

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*w/STUPID PLOTS / LIVE CLEAN STAY YOUNG 1996

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*w/Shogo(STUPID PLOTS) 2023

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