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海外の新しいスタイルのパンクに影響を受けたメロディック・ポップパンクバンドが増え始め、新しいシーンが大きく動き始めた90年代中頃は本当に熱い時代だった。その頃、関西でライブの企画を始めレーベルを立ち上げたのが当時まだ10代だった宇崎 健介君だった。「するかしないか」「やったもの勝ち」CDのブックレットのコメントに書いてある自身のその言葉通りの、若さゆえともいえる活動は多くのバンドを繋げ、新しいシーンに影響を及ぼした。何かを「起こす」行動力が生んだ波紋は消えることなく今もまだ静かに広がっているに違いない。2018年には20年以上ぶりに再会し一緒にステージに立ってくれたKONCHI WRENCHI RECORDS / HUSH-UP の健介君に90年代当時のことなどいろいろなことを話してもらった。

( TEXT : Shogo Yamaguchi (ROADSIDE RECORDS . STUPID PLOTS )  2022 )

Q : Shogo Yamaguchi ( ROADSIDE RECORDS / STUPID PLOTS )

A : Kensuke Usaki ( KONCHI WRENCHI RECORDS / HUSH-UP )

(Interview date: April 2022 )

Q1. 自己紹介と音楽活動(バンド等)について教えて下さい。 

A. 兵庫県西脇市在住、2児の父、バンドを復活しようと企んでいる43歳/子供会会長兼PTA役員の宇崎と申します。

過去にHUSH-UPというバンドとKONCHI WRENCHI RECという活動をしていました。いや、させてもらってました。

今回ご縁があってこのような形でのインタビューに大変興奮しております!     

Q2. コロナの状況も長引いてきました。この間音楽活動やプライベートどのように過ごしてきましたか? 

 

A. コロナは本当に日本人、世界の人々の生活様式をチェンジさせましたね。

かくいう下名はコロナ禍ではだいたい家で酒を飲んで娘にくだをまいてましたね(子供はお酒を飲んだ父が好きみたいです)。

音楽活動は全くしてないです(汗 )。

Q3. 90年代の大阪(関西)のシーンの中でKONCHI WRENCHI RECORDSは見逃せない存在だと思います。

その頃の自身のバンドやレーベルの活動についての想いや、当時の思い出やエピソードなど教えて下さい。 

 

A. 90年代・・・90年代はまるで今でもずっと自分の中で夢のような時間でした。

レーベルを始めたきっかけはまずはシーンを創りたい(シーンを創ればライブが出来る)と思って始めました。

HUSH-UPの前にEEL DOGsというバンドをしてまして、当時は下手くそすぎてライブオファーが 0(ゼロ)という状況下、「誘われないなら自分でやりゃいいじゃん?」って思いSUPER SONICs(最初はSUPER SONIC PUNKs)という企画を始めました。

あとやはり関西にPUNKシーンを作りたかった。

かっこいいバンドとイベントをしてお客さんと一体になって、SUPER SONICのバンドを全国に知ってもらいたいと思いました。

ただそこからは葛藤の日々でした。

悩みの一つは音源としてもライブとしてもカッコイイバンド(自分基準)と、ライブと音源に差があるバンドの自分なりの選択の日々でした。(選択とか大変失礼な話ですがm(_ _)m)

V.Aテープを出して関西からも全国からもデモテープを送って頂くようになり、気になる人はライブには行きました。そこで出会った人は当時は点が線になる、全てがすんなり繋がっていました。

ちなみに思い出の方でいうと、大坂のSPREAD。彼らとの出会いが全ての始まりでした。僕の兄のバンドが当時 JERK OFF REGRETS(後のRight Mop Ears)というバンドをしてて、兄のバンド中心に関西のシーンを創って行きたいと考えました。

そこでたぶんデモテープをSPREADが送ってきてくれて(間違えてたらごめんないさい)梅田のギルドというライブハウスでSUPER SONICを初めてした時に出て頂き一目惚れでした。

その後、次のイベントSUPER SONICを京都でするときにぜひまた出てほしいとオファーしました。

イベントの京都の行きしなの阪急電車で JERK OFFのメンバーと僕とSPREADのメンバーが初めてゆっくりいろいろ話したのを覚えています。(チケットノルマまで頂きました)

ちょっとここでは語り切れないので興味ある方は飲みに行きましょう(笑) 神戸で 。

​●SUPER SONIC  Vol.1 / 1996  11.15 / at 梅田 GUILD  /

 JERK OFF REGRETS. SPREAD. SNEAKERS. バーチカルバカボンド ....etc

●SUPER SONIC  Vol.2 / 1996  12.27 / at 京都 WHOOPEE'S /

JERK OFF REGRETS. SPREAD. EAT TO THE FULL. 7 SPEED AUTOMATIC. SNEAKERS. STUPID PLOTS.

●SUPER SONIC  Vol.3 / 1997  1.26 / at 梅田 GUILD /

HUSH-UP. SPREAD. BUG SNEAKERS. KNUCKLES. DAMAGE DAWN. STUPID PLOTS.

【VA SUPER SONIC PUNKS Vol.1 / Flyer 】

super sonic punks flyer.jpg

【JERK OFF REGRETS DEMO TAPE 】

jek off x2.jpg
with melt lee.jpg

【w/ MELT LEE , なおき氏 】

Q4. 当時の大阪(関西)のシーンはどんな感じでしたか? 

 

A. 90年代の関西のシーンは、ハードコア、ラモーンパンク、ガレージ、POP PUNK等々と分かれいていたように思います(もっといろんなバンドがいましたが大きく分けると)。

でもハードコアでもOLD SCHOOLの方たちとはなにか心通ずるものがありました。

大阪では上記スプレッド以外にNOというバンドと知り合えたのは大きかったです。OLD SCHOOLのかっこよさを教えてもらいました。

もう今では連絡取れていませんが、平尾さん、そごう君また機会があったら一杯よろしくお願いします。

中でもすごい!と思ったバンドは京都の 7SPEED AUTOMATICでした。センスがすごい。人も面白い!ドラムのいっしゃんは今はANNFIELDsというバンドをしておるそうです。

STUPID PLOTSは最初はデモテープを送ってくださったと記憶しています。福井にこんなPUNKを愛している方がいてとても心強かったです。PUNKを熱く語り合った日が懐かしい!

電気風呂(現GOOD 4 NOTHING)。同級生でかっこええバンド。地元友達で組んだバンドで音、一体感がかっこよかった。

EASY GRIP。まっすんのメロセンスが好きなバンドでした。ライアーは永遠の名曲です。おいんさん、ひでもテクニック、人柄が素敵なバンドです。

ピギーズ。神戸のサーフロックの重鎮。てつさんは酒が好きな記憶しかありません(笑)

Dirty is GOD。たぶん人生で一番ダイブ、モッシュをしたバンドです。おっかけしてました。ある日難波ベアーズでボーカル/ドラムの鈴木くん、ギターのミッタくんに声をかけてもらい中華料理に行った記憶があります。あとライブ打ち上げの後、鈴木君のマンションにもおじゃましました。すごい思い出です。

MOGA THE ¥5。エスカルゴさんのボーカル、曲センスに鼻血。恐れ多くてSUPER SONICsには一度も声をかけれず仕舞いでしたが、後にリリースしたテープにコメントを頂きました。その節はありがとうございましたm(_ _)m

もうバンドは当時いっぱいいました。いろんな方といろんな話をして、利益関係なしに熱いシーンでした。

酒を飲んで語って、一緒にゲ〇吐いて、、、もう振り払うほど濃い思い出です・     

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【w/ no 】

【w/ Dirty is God. りょうじ氏】

with dirty is god 2.jpg

【w/ エスカルゴ氏(MOGA THE ¥5)】

with moga the 5 yen.jpg

【w/ 西川氏 ( 7SPEED AUTOMATIC.) . マサキ氏 ( G4N) 】

with 7speed & hi sta.jpg

Q5. KONCHI WRENCHI RECORDSのSUPER SONICSシリーズは当時のシーンを象徴する音源だと思います。SUPER SONICSシリーズリリースでの思い出やエピソード拘りや想いなど教えて下さい。 

A. コンチレンチテープス(KONCHI WRENCHI TAPES )が初めてリリースしたSUPER SONIC PUNKsというテープオムニバスが最初の作品です。

当時知らない好きなバンドの方に連絡する手段として、電話しかありませんでした。(今はメールとかありますが)

当時は僕は電話魔でした(笑 )おかんに電話代で何回怒られたか・・・。

好きなバンドの方にはだいたい電話しました。STUPID PLOTSショウゴさんにもだいぶ電話しました(笑)

最初にオムニバステープを出したんですが、おかげでいろんな方と繋がりを持てて、次はCDにしたいなと思いました。

当時Snuffyのアルテミットスロービーツには一番影響受けました。あのV.Aはすごかった。Go、BLEW、LOVEMEN、HUSKING BEE、日本で一番熱いバンドがたくさん入ったオムニバスでした。あーオレもこんなオムニバス創りたいと思ったのがCD化のきっかけでした。

思い返せばたくさんの方にいっぱい迷惑もかけたし失礼なこともしてしまいました。

言い訳がましいですが当時はまだ10代の若造でした。

与えて頂く事を与えられて当然とてんぐになっていました。自分が与えて頂いてた事も気付かずに。

こんな自分がこのようなお話させてもらうのをずっとはばかってきました。

だからこのような形で発信させて頂き大変感謝しています。

*(レーベルスタート時は KONCHI WRENCHI TAPES 後に KONCHI WRENCHI RECORDS に変更)

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【SUPER SONIC PUNKS Vol.1 ブックレット 】

super spnic punks booklet.jpg

【KONCHI WRENCHI. 205. ROADSIDE 共同リリース】

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【VA / SUPER SONICS  CD 】

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Q6. 初めてバンドを組んだのはいつごろでどんなバンドでしたか?バンド遍歴も教えて下さい。また現在の状況についても教えて下さい。 
 

A. 初めてバンドを組んだのは中3でした。XのコピーバンドでBACK TO BACKというエモいバンド名でした(笑)

下名はピアノ担当でした。BLUE BLOODというXでも一番好きなアルバムのコピーをしてました。

バンド遍歴としては、中3のバンド、EEL DOGSという変なバンド、HUSH UPというPOP PUNKバンド、FORCESという歌物バンド、あとは打ち込みとかもしてました。

再始動は少し動いたのですがまだ実現できてないです。正直HUSH-UPというバンドを復活するのは、今自分がしたい音と合致してるのか悩みどころです。

eel dogs.jpg

【EEL DOGs】

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【HUSH-UP 】

Q7. バンドを始めた頃の夢や目標はありましたか?現在の夢や目標はありますか?(バンド、音楽活動、またプライベートでも) 

 

A. バンドを始めた時は目標はなかったと思います。

シーンを創る事で自分たちの活躍の場を作る、みんなと酒を飲む事に一所懸命でした。

現在の目標は家族で楽しい日々を過ごすことです。無理に楽しくなく、無理に強要せず、自然でいれるチームを作りたいですね!

Q8. 人生においての重要な5曲(またはバンド、音源単位でも)を教えて下さい。

 

A. これは難しい質問です(笑) ただ自分に、人生に影響を受けたバンドをPUNKに絞って挙げさせて頂くと、

・ RIGHT MOP EARs 「I HATE YOU」

・ HUSKING BEE 「WALK」

・ SPROCKET WHEEL 「4 SEASON」

・ BLEW 曲名忘れましたm(_ _)m

・ EAT TO THE FULL 曲名忘れましたm(_ _)m

・ THA BLUE HERB 「サイの角のようにただ一人歩め」 ※音はHIP HOPですが僕の中ではPUNKです

・ JELLY BELLY 「全曲」

・ Hi-STANDARD 「GROWING UP」

・ COBRA 「LIFE WAR」

​・ LIFE BALL「Love Me」

・ STUPID PLOTS 「TEACHER」

・・・6曲オーバー。まだまだありますが今回はここまでで。また飲みながら話しましょう。

Q9. これまでに観たライブで特に印象深いライブを3つ挙げて下さい。思い出やエピソードも教えて下さい。 

 

A.

・自分のバンド(HUSH UP)の解散ライブ。

ステージから見た景色が今でも僕の原動力です。

・Bad Religion 大阪IMPホールバックステージ。

曲が始まった途端のダイブの嵐。エピタフのブレッドとの会話も思い出深いです(中学生英語で)

・Hi-STANDARD 大阪ベイサイドジェニーバックステージ。

あんなライブしたい!と思った。

・・・三つでは無理っすね笑 飲みながら語りましょう

Q10. これまでやってきた自身のライブで印象深いライブをいくつか教えて下さい。思い出やエピソードも教えて下さい。 

 

A. 上記解散ライブは一番なんですが、これは恥ずかしかったというライブがあります。

EAT TO THE FULLさんが東京の屋根裏のイベントに当時へちぇへちょのHUSH-UPを呼んでくださったライブですかね。

自分の中ではもう反省しかないライブでした笑 屋根裏・・・もう僕の中では伝説のライブハウスですよ。テンションが上がらないわけない。

朝5時に東京駅に夜行バスが着いて、おなか空いたから食べ物さがして初めて食べた東京うどん。黒かった。うまかった。

そこから屋根裏に向かって到着。ここがあの屋根裏!興奮しましたね。屋根裏の控室。二階。様々なサインが壁に書いてあった。感動しました。

リハはなんとかこなせました。その後に高円寺に買い物行ってプラモデル屋さんでザクタンクを買ったのを覚えています。あと20000Vの前を通ったのを覚えてます。

ライブ・・・出番は トリ前(トリはEAT TO THE FULL) 禁チョーしましたねー。ライブの頭は覚えてません。ただここで事件が・・・

調子に乗った僕は調子に乗ってドラムステップジャンプをしようと試みました。今までしたこともないのに。はい、ドラムセットがしゃーん、ライブ中断ー、PAさんめっちゃ迷惑・・・

もうその後の事は覚えていません。自己防衛本能でしょうか。記憶にございせん(政治家風に)(笑)。

【w/ 名取氏 ( EAT TO THE FULL ) 】

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Q11. 最後に読んでくれた皆さんにメッセージをよろしくお願いします。告知もありましたら! 

 

A. ここまで読んでくださりありがとうございます!ただやはり語り切れてない部分が多々あります(反省点とか)。

飲みながら話しましょー。

連絡先お伝えしておきます。 knbmk574(AT)yahoo.co.jp になります。*(AT)→@

※ショウゴさん連絡先掲載すみません。

よろしくお願いしまっすm(_ _)m

​About【STANDING TALK AT ROADSIDE】➡ HERE

【w/ STUPID PLOTS ( PRICEDUIFKES JAPAN TOUR 2018 ) 】

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【w/ STUPID PLOTS  Live in KOBE  2018 】

【Luna In The Sky / Music by K.Usaki . Lyric & Arrange by Sakura】

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